賭ける人 その三
託宣カードを読み取る際、私は熊楠の「南方曼荼羅」を想起する。
絡まった糸の様な曼荼羅図は、物事の理らしい。一つの「因果」の系列と、別の「因果」の系列がある。必然性が無いそれらの出会いを「縁」とする。
「縁に至りては一瞬に無数にあう。それが心のとめよう、体にふれようで事をおこし(起)、それより今まで続けて来たれる因果の行動が、軌道をはずれゆき、またはずれた物が、軌道に復しゆくなり」
関係ない物事同士がシンクロする際、偶然と片付けられる。でも偶然とは我々の認識の不完全性から生じると言った識者も居る。
賭ける人 その三
託宣カードを読み取る際、私は熊楠の「南方曼荼羅」を想起する。
絡まった糸の様な曼荼羅図は、物事の理らしい。一つの「因果」の系列と、別の「因果」の系列がある。必然性が無いそれらの出会いを「縁」とする。
「縁に至りては一瞬に無数にあう。それが心のとめよう、体にふれようで事をおこし(起)、それより今まで続けて来たれる因果の行動が、軌道をはずれゆき、またはずれた物が、軌道に復しゆくなり」
関係ない物事同士がシンクロする際、偶然と片付けられる。でも偶然とは我々の認識の不完全性から生じると言った識者も居る。






